「杏さん、これこの間の分、これ今日の分」
元ピアニストは杏ばあさんに金色の硬貨を2枚渡した。杏ばあさんはポケットから赤いがま口を取り出すと、硬貨をしまった。そしてまたポケットから手鏡を取り出した。
「ちょうど、ピアノの近くにおるわ」
鏡をのぞき込み、杏ばあさんは言った。
「よし、ほんじゃ、いってくるわ」
「おう、存分に弾いといで」
友だちは手を振った。元ピアニストは手鏡の中に吸い込まれていった。

ショウヘイは音楽室の窓際で外を見ていた。グラウンドでは、体操服を着た生徒たちが何人か出てきていた。あと5分ほどでベルがなり、音楽の授業が始まる。
バン!
「うわっ、きた!」
ショウヘイはこの間と同じ、体中を叩かれた感覚を覚え、緊張した。そして自分の意思と無関係に、くるりと向きをかえるとピアノに向かった。グランドピアノのふたを開けると、いきなり弾き始めた。音楽室にいた生徒たちはいっせいにピアノの方を向いた。4〜5人がピアノの近くに駆け寄った。その中にはショウヘイがひそかに好意をもっているミナモもいた。
「かっこいい!」
ミナモの言葉が信じられなかった。そして酔った。
「すげー、おまえ、こんなん弾けるん?」
カンタが言った。


つづく



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