「これ、ジャズやろ、この曲知ってるで、えーっとたしか、サマータイム!」
コウイチが言った。みんなにちやほやされ、ショウヘイは最高の気分だった。
(これこそ、おれの生きがい!)
(えっ?)
ショウヘイは今度こそ、誰かの声が聞こえた、と確信した。授業開始のベルがなりはじめたが、指は演奏をやめない。ショウヘイはあせりまくった。先生が来る。汗がでてきた。もうだめかと思ったら、ベルが鳴り終わって間もなく、曲が終わった。指から力が抜けた。
(助かった)
ショウヘイはピアノの椅子から急いで離れ、席に向かった。席につく前に、ミナモと目が合った。自分に関心を持ったまなざし。今まで見たこともなかった。ショウヘイはピアノが弾けるとは、これほど人をひきつけるのかと、感動していた。が、すぐに別の思いが浮かんだ。あの声は誰や? おれにのり移ったやつか? この間聞こえたのもこの声や! そう思うと、急に恐ろしくなってきた。

「杏さん、もっと長いことピアノ弾きたいんやけどなあ」
「それは無理や。体を借りて、自分のしたいことするには、せいぜい5分から10分くらいが限度や」
「なんや」
「だんだん、欲だしおって」
(うるさいばばあ)
「今、うるさいばばあと思ったやろ」
「ば、ばれた?」
元ピアニストは退散した。


つづく







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