空から

その山へは もう10回ほど行っている。
急な斜面のそこに かれらがいる。

かれらは勇敢にも その斜面に立っている
そして風をまっている

ぼくはかれらの気持ちを想像し
もし自分ならすぐに逃げるだろう と思う

でもかれらは逃げるつもりはない
それならばさいしょから ここへは来ない

来た!
男の足が地面からはなれた
風が男のからだを宙にはこぶ

ぼくはいつもそうだけど
この瞬間がこわい けど見たい

やがて男のからだは斜面にそって少しくだり
それから水平に宙をすすんでいく

ああ 足はすっかり地面からとおのき
空中にからだをあずけている
どんな気持ちなのだろう
想像もできない

でも いつもああやって とびにくる人たちは
好きでやっているのだろう
きっと気持ちいいのだろう

ぼくはいつもかれらの勇気を見にくるのだ

その日 ぼくはいつもとちがう気持ちで山へきていた
とても大きな悲しみをかかえて

かれらの勇気が必要だった
それをはげみにたちなおろうと 思った

その人は まだ空になれていないようだった
なかなかタイミングよく風にのれない

ぼくはそのとき 彼といれかわりたいと思った
空をとべば こわさのあまり 悲しみもふきとぶような気がした
そしてそのまま悲しみがすっかりなくなるまで
宙にただよっているのだ

想像をふくらませながら ぼくは風をまつ彼をじっと見ていた 
じーっと
来た!
足が地面からはなれた
もうもどれない
風に身をまかすのみ
ぼくはゆっくり斜面にそい おりた
ああ
ついに とんだ

そのままゆっくり風にのり
海のほうへむかった
海はかたむきかけている太陽の光をはんしゃさせ
まぶしくきらめいている

ぼくはこわくなかった
ぼくはまるで自分が虫になったような気分だった
空から見る海も山も あまりに偉大で
ぼくやぼくの悲しみなどはちっぽけすぎて とるに足らないものなのだ
と思えてくる
それでも 涙がでてくる
それはぼくの悲しみのため?
ちっぽけすぎる自分に気づいたため?
わからない
ただ胸を強くしめつけるような感動が
ぼくをゆさぶっている

このままただよいつづけても
悲しみが消えさることはないだろう
でも 空から ちがうことに気づいた
ぼくやぼくの悲しみが ちっぽけであっても
生きていることがすばらしいのだ