パグのおばあさん

そのおばあさんはいつもパグをつれて散歩している。
飼い犬に似ている人はよくいるが
おばあさんもそのパグとよく似ている。
おばあさんがパグを飼い始めたころ
近所の子どもたちは散歩に行くおばあさんたちをめずらしそうにながめた。
「ほんま、そっくりやな。」
おばあさんの家は古い木造で小さな庭がある。
おばあさんはよく庭に面した縁側にこしかけ
庭の植物をながめながらゆっくりお茶をのんだり
いねむりをしたりしている。
通りを行く人が、生け垣の間からそんな様子をときどき見かけるのである。

ある日、子どもたちがいつものように通りで遊んでいた。
そしていつものようにおばあさんがパグを連れ通りかかった。
子どもたちはもうおばあさんとパグが似ていることにおどろかない。
おばあさんはゆっくりと通りすぎ、家に帰っていった。
そのようすを目でおいながらコウスケが言った。
「この間、あのおばあちゃん縁側でパグとトランプしてたで。」
「えー、うそー、パグがどうやってトランプすんねん?」ケイタが言った。
「わからんけど、おばあちゃんが縁側にトランプ広げてなんかしててん。
ほんでパグもトランプくわえておばあちゃんの横におってん。」
「くわえてただけちゃうん?」
「でもほんまトランプしてるみたいに見えてんて。」
ケイタはおばあさんとパグがトランプしてるところを想像してみた。
「おれも見たかったな。」
「今度見つけたら教えたるわ。」

それから何日かたったある日、ケイタが外へ遊びにでる
と、コウスケがおばあさんの家の垣根のところから
「ケイタ、こっち」と言って呼んだ。
ケイタが急いでかけていくと、
「ほら、見てみ」とコウスケが中をゆびさした。
垣根の間から、庭と縁側が見える。
おばあさんはトランプを縁側にならべ、
なにやら考えている様子だ。
パグはトランプを一枚くわえ、首をかしげている。
「ほんまや、トランプしてるわ」
「そやろ。ほんまやろ。」
二人はそのちょっと変った光景をしばらくながめていた。
すると急におばあさんが顔をあげ二人の方を見た。
二人は「あっ」と思ったが、そのままじっとしていた。
おばあさんはじーっと二人を見すえ、それから言った。
「ちょっとこっちおいで」
二人はまだじっとしていた。
「おいで、おいで」おばあさんは手まねきしてまた言った。
二人は顔を見合わせ、それから
コウスケが「行こか」と言い、ケイタが「うん」と言った。
そして二人は垣根づたいに歩き、
庭に入る木のとびらまで行くと、
とびらをあけ、中に入った。

庭には真ん中に大きな木があり、そのまわりにたくさんの植物が植えてある。
奥に物置があり、そのまわりに見たこともないような古い自転車、車のタイヤ、丸太などかわったものがおいてある。二人は縁側に近づいた。パグはまだトランプをくわえている。

おばあさんは最初コウスケとケイタをかわるがわる見ていたが、そのうちケイタをじーっと見つめた。
「ショウちゃんか?」おばあさんが言った。
「ショウちゃん?ちゃうで、おれケイタやで。」
「ちゃうって、ショウちゃんやて。」
「ちがう、ケイタや。」ケイタはどうしたらわかってもらえるだろうと困ってしまった。
「おばあちゃん、こいつケイタってゆうねん。」コウスケがおうえんしてくれた。
でもおばあさんはむきになった。パグに似た顔が少しけわしくなった。
「なにゆうてんの、ショウちゃんやんか。」
パグは三人のやりとりをおとなしくじーっと見ていた。

結局何回説明しても
おばあさんはケイタのことをショウちゃんと言った。
それでケイタもあきらめて、名前の話はしなくなった。
「なあ、パグもトランプしてんの?」コウスケが聞いた。
「そうや、わたしの占いを手伝ってくれてるんや。」
「えっ、占いしてんの?」
「あんたらも占ってあげよか。」二人はしばらく考えた。
「うん、占って。」コウスケが言った。
「おれはええわ。」
ケイタはこれ以上変なこと言われるがいやだったので
そう言った。
おばあさんはパグがくわえてる歯形のついたトランプを
とると他のトランプとまぜた。
まぜおわるとトランプを集めじぶんの前にならべはじめた。
横一列に8枚のトランプをならべ「さあ、ミホちゃん、
えらんで。」と言った。二人は思わず笑った。
「ミホちゃんていうんか、この犬。」ケイタが言った。
「そうや。かわいいやろ。」おばあさんは
二人がどうして笑ってるか気にしてないようだった。
ミホちゃんはトランプのところに鼻をよせて
においをかいでいるようなしぐさをした。
それからミホちゃんは一枚のカードをえらび、はしのちょっと
めくれたところをくわえて、もち上げた。
「かしこいねえ、ミホちゃんは。」おばあさんはそう言って
ミホちゃんの頭をなでた。
「えーっと、あんた名前何やった?」
「コウスケ」
「コウスケやな・・・」
おばあさんはしばらくカードを見ながら考えこんだ。
二人はだまって待っていた。

「コウスケは、明日、何か困ったことが起きる。」
おばあさんが真剣な顔で言った。
「えー?何、何が起こんの?」
「それはわからへん。」
「なんやそれ。」
「とにかく気をつけること。」
「えー、いややなあ。」
「ショウちゃんも占ったげるで。」
「ショウちゃんちゃうって。占いもいらん。」
しばらくみんなだまった。
「あっ、おれ歯医者行かなあかんねん。」
とつぜん、コウスケはそう言うと走り出した。
ケイタも自分だけ取り残されるまいと
あわててコウスケのあとに続いた。
おばあさんはしばらく二人の後を目で追っていたが
またトランプを集めると、くりはじめた。

その日をきっかけにコウスケとケイタは
ときどきパグのおばあさんのところに
遊びに行くようになった。
おばあさんとパグのトランプにつきあったり
庭に置いてある古い自転車にまたがったり
丸太をころがしたりした。
おばあさんが居眠りをはじめても、
二人はかまわず、その楽しい小さな庭で遊んだ。
おばあさんは相変わらずケイタのことをショウちゃんと呼ぶ。
ケイタはいちいち「ちがうで」というのがめんどくさくて放っておいた。
でもショウちゃんと呼ばれても返事はしなかった。

ある日、ケイタはごはんを食べながらおかあさんに言った。
「パグのおばあさんいるやろ。いっつもおれのこと
ショウちゃんて言うねん。」
「へぇー」と言ってからおかあさんは少し何か考えているようだった。
「もしかして、ショウちゃんていう息子がいたんかなあ。
ほんで、あんたがショウちゃんに似てるんちゃう?」
「えっ!死んでしもたん?」
「いやあ、それはわからへんけど。
息子さんみたいな人見たことないし。」
「息子なんかいいひんのちゃう。」
ケイタはそう思った。
「まあ、わからんけどな。聞かれへんしな、そんなこと。」
おかあさんが言った。
ケイタは「ショウちゃん」と言ってるおばあさんを思い出していた。

その夜、ケイタはふとんの中で色々考えた。
やっぱり息子がいて、小さい時に死んだんやろか?
それとも大人になってからやろか?
もし、そうやったらなんで死んだんやろ?
病気かな、事故かな?
どっちでもかわいそうやな。
それであんなむすっとした顔してるんやろか?
つぎつぎといろんなことが頭にうかんできたけど
そのうちねむってしまった。

それから何日かしてコウスケとケイタが通りで遊んでいると
パグとおばあさんが通りかかった。
おばあさんは二人を見つけると手にぶら下げた袋を見せ、
「ええもんあげるし、おいで」と言った。
二人はパグとおばあさんについていった。
おばあさんはいつもの縁側まで行くと「よっこらしょ」と言って
腰かけた。
「あんたらも座り。」
二人は言われたとおり、縁側にならんですわった。
おばあさんは袋の中から大福もちをとりだすと、ひとつずつ
二人に渡した。
「ありがとう。」二人はそう言うと大福もちを食べはじめた。
おばあさんはその様子を少しながめ、それから自分も大福もちを
食べはじめた。
食べ終わるとおばあさんが言った。
「ショウちゃん、大福好物やろ。」
ケイタは一しゅんどきっとした。
それから少し今までとはちがう気持ちになってこう言った。
「おばあちゃん、おばあちゃんが呼びたかったら
ずっとショウちゃんて呼んでもええで。」
おばあさんは少しおどろいている様子だった。
ケイタは変なこと言ったかなと心配になった。

でも、おばあさんはふにゅっと顔をゆるめたかと思うと
「ほんまに?」とうれしそうに言った。
「うん。」ケイタもうれしそうにこたえた。

それからケイタとコウスケは庭で遊び始めた。

その後、どうなったかというと、相変わらずケイタとコウスケは
ときどきパグのおばあさんの庭に遊びに行った。
おばあさんはそのうちケイタのことをケイちゃんと呼ぶようになった。
コウスケのことはコウちゃんと。
そしてときどき二人の様子を見ながら
顔をふにゅっとゆるめているのである。