金魚

中学1年の夏。
忘れられない思い出がある。

私は友だちのジュンちゃんと近くの商店街の祭へでかけた。
いか焼きを食べながら歩いていると、
ふと金魚すくいの屋台に目がとまった。
金魚すくいしたい。
無性にそう思った。
ジュンちゃんをさそうと、するというので
さっそく金魚すくいの屋台へ行った。

金魚すくいは久しぶりだ。
前にやったのは小学生のころ。
家の水槽にはそのときとった金魚が一匹いて、
7センチくらいになっている。
名前はミチル。
最初はたくさんいたけど、ミチルが最後に残った。

ジュンちゃんと私はおにいさんにお金を払い、
ポイといれものを受け取ると金魚の入ったプールの前にしゃがんだ。
私たちのほかに、幼稚園児くらいの女の子と、
小学生くらいの男の子がいた。
そっとポイを水面に近づける。
タイミングをみはからい、さっとすくいあげた。
「とれた!」
私ははしゃいだ。
「いいな」
ジュンちゃんがうらやましそうに言った。
「ジュンちゃんもがんばり」
「うん」
でも、ジュンちゃんはポイを一度水にいれてすくい上げると
やぶれてしまった。
「えー、やぶれたー」
ジュンちゃんはすごくがっかりした。私は二匹目をすくいあげた。
「いいなあ」
「ジュンちゃんの分もとったげる」
ふと見ると、小学生くらいの男の子も、何匹がとっている。
私は年下の子に負けられないと思った。
また、男の子がとった。
「ねえ、何匹とったん?」
私は思わずきいた。
男の子は自分のとった金魚を数えだした。
「3匹」
負けてる。私はポイがやぶれないよう、
いっそう用心して、金魚にねらいをつけた。
すばやくポイを水に入れ金魚をすくった。
「あっ」
ポイはあっけなくやぶれた。負けた。
少しがっかりしていると、突然大きな声がした。
「ユウジ!またそんなことしてんのか!」
金魚すくいしてる子どもたちはびっくりして、その人を見た。
おとうさんだろうか、赤い顔をしておこっているようだ。

「金魚はうちでは飼わへんってゆうたやろ!」
ユウジくんはしょげている。
「金魚、かえしとき!」
ユウジくんは自分がとった金魚をじっとみている。
「あげる」
ユウジくんはいきなり私の前に、自分のとった金魚をさしだした。
「えっ?」 
「あげる」
ユウジくんはもう一度言った。

「おねえちゃん、もろてくれるかな?」
おとうさんが言った。 
「はい」
私は少しためらったが、金魚をうけとった。
「ありがとう」
お礼を言った。
ユウジくんはつまらなさそうにおとうさんと帰っていった。
「あんなに金魚とるのうまいのに、家に持って帰れへんねんなあ」
ジュンちゃんが言った。 
「私のあげるわ」
私は自分の分をジュンちゃんにあげた。
そして、私がユウジくんのくれた金魚を持って帰ることにした。
おにいさんがあと3びきずつくれた。
ちょうど家にはミチルのいる水槽と別にもうひとつ水槽がある。
私はユウジくんの金魚をそこで飼うことにした。 

それから何日かたった。
ミチルたちのときと同じように、一匹ずつ順番に死んでいく。
そのたびに、なんかユウジくんに悪い気がした。

えさのやり方とか、水のこととか調べて、
少しでも金魚がくらしやすいようにしようととりくんだ。
でも、また、最後一匹になってしまった。
この子だけは、ミチルのように生き残ってほしい。

お祭りから1ヶ月ほどたったある日、
私はジュンちゃんと商店街へ買い物に行った。
文房具屋でノートと消しゴムを買った後、商店街を歩いていた。
ふと気づくと、私たちの前を小学生くらいの男の子が3人歩いている。
もしかして、と思い一人の子をじっと見た。
その子が横を向いたとき、間違いないと思った。
あれから金魚がどうなったか話したい、
最後の一匹が死んだりしないうちに見せてあげたい。
私の中でそんな気持ちがわきおこった。
今言わなかったら、もう会えないかもしれない。
でも、もしかして違う子だったらどうしょう。
私は少し考えると、名前は呼ばずに、
「金魚すくいって、楽しいなあ!」
とわざと聞こえるような大きな声で言った。
3人とも振り向いてしまった。
やっぱりユウジくんだ。
私の顔を見て、少し表情を動かした。
「レイ、どうしたん?」
ジュンちゃんが聞いたけど、私はユウジくんの顔を見ながら、
次のセリフを考えていた。
「ごめん、あのときの金魚次々死んで、今一匹しかいいひんねん」 
「ほんま」
ユウジくんが言った。
「うちに見に来る?」
私は思い切って言った。
「うん」 
とユウジくんは言ってくれた。
それからジュンちゃんと男の子3人はうちまでついてきた。
そしてミチルの水槽の横に置いてある、
ユウジくんの金魚がいる水槽を見た。
「なんか、ちょっと大きなったみたい」
ユウジくんが言った。
「そうかなあ、毎日見てるからようわからんわ」
「こっちの金魚おっきいなあ」
別の男の子が言った。
「ミチルっていうねん。5年くらい前に金魚すくいでとってきてん。
そうや、ユウジくん、ユウジくんの金魚にも名前つけてよ」
「名前?」
「うん」
「そうやなあ・・・キンゾウ」
みんな笑った。
「この子、男の子なん?」
ジュンちゃんが言った。
「さあ」
ユウジくんは首をかしげた。
「キンゾウ見たかったら、いつでもおいで」
私は言った。
「うん」
ユウジくんがこたえた。

あれから、3年、キンゾウは8センチくらいになった。
ミチルは10センチ以上になった。
ユウジくんはあれから一度だけ見にきたけど、それからは来ていない。
今度、近くで金魚すくい大会がある。
ユウジくんに教えてあげたい気もするが、どうしようか?
教えたら来るだろうか?