笛をふく男

ある町の近くの森にいじわるなまほう使いが住んでいました。
いつも町の人をこまらせて楽しんでいました。
色とりどりの花だんの花を真っ黒にしたり、
大きな石を道の真中において通行のじゃまをしたり、
公園のすなばに巨大なあなを開けたりというぐあいです。
町の人はきっとまほう使いのしわざと思っていましたが、
そのすがたはだれも見たことがありません。

ある時、まほう使いがいつものように何か悪いことをしようと 町の様子がよく見えるやくば近くの大きなケヤキの木にのぼって だれかがやってくるのを待っていました。
しばらく待っていると、太った男とやせた男が歩いてくるのが 見えました。
何やらしゃべっています。まほう使いは2人が何をしゃべっているの か聞くために、ぷるぷるぶるっと頭を3回ふりました。
すると耳が3倍くらいの大きさになりました。
これで、ケヤキの木からはなれたところで話している男たちの話が 聞こえてきました。
「とにかくすばらしいという話なんだ」
「ぜひきいてみたいね。」
「あんたも作ってもらえばいいんだ」
「あんたは作ってもらうのか?」
「いや。多分作ってもらったってきっとうまくはふけないよ」
「そうだな。まずは他の笛で練習しないとな」
まほう使いは2人が何について話しているのかとてもきょうみを
そそられ、いたずらするのを忘れてしまいました。

それから数日後、まほう使いは猫に変身してうろうろしていました。
公園のベンチの後ろを通りかかったとき、
そこに2人の女性がこしかけていたので、ベンチを消して
おどかそうとすると、
「そうそう例の笛しょくにんの話知ってる?」
と1人の女性が話すのが聞こえたので、
ベンチを消すのをやめました。
「えっ何のこと?」
「知らないの?」
「ええ。」
「最近この町にこしてきたんだけど、すばらしい笛を作るそうよ。
その音色はとても美しく、心が洗われ、 涙が出てくるほどらしいのよ」
「へえー、知らなかった。そんな人がこの町に来たなんて。
ぜひその笛の音を聞いてみたいな」
「それがたまたま笛を作ってもらいに行った人が、どんな音か聞きたい と言ったらその笛職人が短い曲をふいてくれたらしいんだけど、 他にはまだ誰も聞いたことがないんだって。
それでもその音があまりにすばらしいので、
すぐにうわさが広まったというわけ」
「そうか。私も笛作ってもらおうかな。」
まほう使いはこの笛がどんな笛か知りたくなりました。
そして笛の話が終わったので、ベンチを消しました。
2人の女性はひめいを上げしりもちをつきました。

その晩まほう使いは家に帰ると、まほうで笛を作りました。
まほう使いに不可能なことはないさ、 と思いその笛をふきました。
ところがその音色はおせじにもきれいとは言えません。
それを聞いていたペットのはりねずみが「変な音!」
と言うのだから、きっとそうなのでしょう。
はりねずみにばかにされたまほう使いは
おこって笛を投げつけました。
はりねずみは椅子の下に逃げました。
まほう使いはいよいようわさの笛を手に入れたくなりました。

あくる日、まほう使いは普通の人のようにさりげなく 笛しょくにんの家をたずねていきました。
「笛を作ってほしいんだが、お願いできるかな。」
まほう使いはなるべくていねいに言いました。
「いいですよ。」
笛しょくにんはこころよく仕事を引き受けました。
「1週間後にとりに来てください」
まほう使いはきげんよく帰っていきました。
笛をとりにいくまでの1週間の間、まほう使いはあい変わらず 町の人を困らせるようなことばかりしていました。

1週間後、まほう使いは笛をとりに笛しょくにんをたずねました。
笛は木ぼりで特に変わっているようには見えません。
「きれいな音を出すにはコツがあるんですが・・・。」
と笛しょくんが言いかけると、
「ああ大しょうぶだよ。そんなことは簡単さ」
そう言って、まほう使いはお金を払うと帰っていきました。
それからしばらくして、笛しょくにんは受け取ったお金が
紙切れに変わっていることに気づきました。
笛しょくにんは一度ため息をついて、 またすぐにとなり町から受けた注文の笛を作り始めました。

家に帰るとまほう使いはさっそく笛をふきました。
音は簡単に出ましたが、なんだか変な音です。
まほう使いは練習するのが面倒くさいので、 まほうを使うことにしました。
「世界一美しい音色を出してやる。」
ところがまほうを使っても音は変わりません。
しかたないのでちょっと練習することにしました。
「なんでおれが笛の練習なんかしなきゃならんのだ。」
まほう使いはみけんにしわをよせながら練習しましたが
ちっともいい音がでません。
ペットのはりねずみも今日はだまっています。
そのうちだんだん腹がたってきました。
「おれ様がまほうを使わずに練習してやっているのに、 なんという笛だ!」
まほう使いはそう言って笛を床にたたきつけました。
笛は折れてしまいました。
はりねずみは部屋のすみでおびえています。
「このいかりをどうしずめればいい?なあ、はりねずみ」
はりねずみはとびあがっておどろきました。
「そ、そ、そうですね。 なんかおもいっきり悪いことをしたらどうです? そうすればすっとするかもしれませんよ。」
はりねずみは部屋のすみからそう言いました。
「悪いこと?いつもやってるじゃないか。」
「もっともっと悪いことですよ。」
「例えば?」
「例えば・・・ずっと何日も雨を降らすというのはどうです?」
まほう使いはしばらく考えました。
「ふん。それはおもしろいかもしれんな。 ずっと雨が降れば町のやつは困るだろう。 せんたく物はかわかない、じめじめしてカビが生える、 みぞから水があふれ、そのうちに洪水になる。 よしはりねずみ、お前の案をさいようしよう」
はりねずみはほっとしてため息をつきました。

まほう使いはさっそく外へ出ると空を見上げ言いました。
「さあ雨雲よ出てこい!どんどんえんりょせずに出てこい!
町をすっぽりおおうのだ!」
すると本当に町の上に雨雲が出てきました。
少しずつ青空をかくしていきます。
「その調子だ!さあもっともっと」
そしてぶるぶるぶるぶるぶるっと頭を5回振りました。
するとまほう使いの耳が5倍の大きさになり、
ぱらぱら町に雨が降り始めるのが、聞こえてきました。
まほう使いはまんぞくそうに、にやにや笑っています。
雨はどんどん強くなってきます。
「うわっはっはっは、ざまあみろ!」
町では、走って家に帰る人、雨やどりをする人、
せんたく物を入れる人、かさを持ってむかえに行く人、 みんなあわただしく動いています。
だれもがまさかまほう使いのせいだとは思いもしないで。
ところが1日たち、2日たち、3日たっても
雨は全然やむ気配がありません。
まほう使いがのぞんでいたように、 町の人たちの生活に悪いえいきょうが出はじめました。
みぞから水があふれ、道路に水がたまりだしています。
まほう使いは森の中の高い木の上からその様子を見て、
「ああ面白いながめだ」と冷たく言います。
雨がふり出して4日目、まほう使いはまた高い木の上にのぼり、 町の様子をうかがいます。
町の人たちは川ぞいに土のうをつんだり、 げんかんに入ってくる水をかきだしたりしていますが、 川の水はかなりましていて、 このままいけば洪水になってしまいそうです。

まほう使いは笛のことなど忘れ、 すっかりいい気分で木の上でうとうとしていました。
しばらくするとねむってしまい、こんな夢を見はじめました。
町ではめずらしく雪がつもっています。
子供たちが大よろこびで雪だるまを作ったり、 雪がっせんをして遊んでいます。
それを見ていたまほう使いは雪をとかしてやろうと思いました。
「雪よとけてしまえ。今すぐに」
そう言うのと同時にどこからか笛の音が聞こえてきました。
今までに聞いたこともないやさしく美しいメロディ。 そして何よりその音色はきんちょう感と深みのある
すばらしい音です。
雪はとけず、子供たちは楽しそうに遊び続けています。
「はっ」とまほう法使いは目をさましました。
雪や子供たちは消えましたが、笛の音はまだ続いています。
「これがあの笛の音か!」

まほう使いはカラスに化けると、まるで引きよせられるかのように 町へ向かって飛んでいきました。
森をぬけ、町に入ると雨が小石のように体にあたり、 いたくて飛びにくくなりました。
「なんてうっとうしい雨なんだ」
まほう使いは自分が雨をふらせていることもわすれ、 雨をうとましく思いました。それでもただひたすら笛の音がする方 をめざして飛びつづけました。
ふと気づくと雨はきりさめのようになり、 雲が少しとぎれ日がさし始めています。
まほう使いは 「おお助かった。これで飛びやすくなった」と思いましたが、 さすがに今度は
「ん?なんで勝手にやむんだ?」とすぐに気づきました。
下を見ると道路にあふれた水がどんどん引いていき、
川の水もへりだしています。
まほう使いは何が起こっているのか、わけがわかりません。
ただ笛の音が空までひびきわたっています。
きりっとしていてふくよかな音が。
なつかしいような、なぐさめるような、心にしみるようなメロディが。
町の人々も家から出てきて、すいよせられるように 笛の音がする方に向かっています。
ようやく笛しょくにんの家が見えたときは、 家を取りかこむようにたくさんの人が集まっていました。
カラスに化けたまほう使いはさりげなく笛しょくにんの家のへいに とまり、中の様子をうかがいました。
仕事場で笛しょくにんが楽しそうに笛をふいているのが見えます。
次から次からかなでられる音楽は終わりそうにありません。
町の人たちも一心にきき入っています。

まほう使いも「くやしいけど、すばらしい音楽だ」
と感心してきいていました。
すっかり自分が何のためにそこにいるのか忘れてしまいそうに なりましたが、まほうを使う者のどくとくの感で ようやくピンときました。
「こいつのせいだ!」
今では雲は消え、久しぶりに太陽がてりつけています。
「くそっ!こんなやつに負けてたまるか!」
カラスに化けたなほう使いは空に飛び立ち、「雨雲よ出て来い! 雨よ降れ!」とさけびました。
しかしもう何もおこりません。
青い空と美しい笛の音が人々の心をよろこびでみたしています。
「そうぞうしていた以上の音色だ!」
「むねがきゅうっとなって涙がでそうよ!」
「あの笛が助けてくれたんだ!のろいを取り払ってくれたんだ!」
「きっと美しい音が天までとどいて、 私たちの願いを伝えてくれたんだ!」
まほう使いでなくてもみんなもうわかっています。
カラスに化けたまほう使いはがっくり気を落とし、 木の上で羽を休めています。
「あの音をきいていると、もうどうでもよくなってくるわ。」
まほう使いはそれ以上雨をふらそうとはしませんでした。

次の日、まほう使いは年ぱいの男性に化けて笛しょくにんを
たずねました。
笛しょくにんのひみつをさぐろうと思ったのです。
案のじょう、笛を作ってほしいという人がたくさんならんで
待っていたので、1時間ほど外で待たなくてはなりませんでした。
ようやくまほう使いの番がやってきました。
「笛を作って欲しいのだが」
「この間の笛はうまくふけませんでしたか?」
まほう使いはぎょっとしました。
でもしらばっくれて、
「この間?私はこれが初めてだが。」
「そうでしたか?まあいいでしょう。
この笛をふくにはコツがあるんですよ。」
まほう使いは今度はコツを教えてもらおうと思っていました。
「コツとは何かな?」
「良い心を持って、
この笛の音をきけばみんながよろこんでくれるだろうと思って ふけばいいんですよ。」
まほう使いの顔にいかりの表情があらわれました。
「お前は一体何者だ?まほう使いか?」
「そういうあなたは何者です?
雨をたくさんふらせて人を困らせる悪いまほう使いかな?」
「何を言っているんだ!私はただの人間だ!」
「私も音楽を心から愛するただの笛しょくにんですよ」
まほう使いはそれ以上何も言わず、 くるりと背を向けると出て行きました。