おじいさんのたからもの

あるところに、仲の良いおじいさん、おばあさんがいた。
おじいさんもおばあさんも80歳を越えていた。
もうそれほど働けないが、家の近くの畑で野菜を作りながら、
暮らしていた。

ある時、おじいさんが病気になった。
おじいさんはふとんに寝たきりになり、
めったに起き上がらなくなった。

おばあさんは心配で、ずっとおじいさんの近くにいて、
おじいさんの望みを聞いてあげた。
りんごが食べたいといえばりんごをすって食べさせてあげ、
歌を歌ってくれと言われたら歌い、
本を読んでくれと言われたら読んであげた。

ある時、近所の人が見舞いにきた。
おじいさんは眠っているのか、おきているのか、
よくわからない様子だった。
近所の人がおじいさんに何か話しかけようとしたとき、
おじいさんが何か言った。
「えっ?」と近所の人が聞き返すと
「わしのたからもの……」と、うわごとのように言った。
「たからもの? たからものって何や?」
「わしのたからもの……」
おじいさんはそれ以上何も言わなかった。
近所の人はおばあさんに聞いた。
「おじいさんのたからものって何や?」
「たからもの? さあ、なんのことやろ?」
近所の人はおばあさんがとぼけていると思った。

その話を聞いた別の近所の人が、見舞いにやってきた。
おじいさんはふとんの中で目を開けていた。
「おじいさん、たからもの持ってるそうやな?」
「たからもの……ああ、たからものね。あるよ。」
おじいさんはかすれた声で言った。
「おしえてほしいなあ、おじいさんのたからもの」
おじいさんはかすかに笑った。
でも、それ以上何も言わず、そっと目をつぶった。


それ以降、近所の人がおじいさんのたからもののうわさを聞き、
つぎつぎやってきた。
おばあさんはおじいさんがつかれるのではと、心配だった。
裏の蔵に何か隠されているとか、
高価なつぼのようなものを見たことがあるとか、
そんなうわさも流れた。
みんながたからもののことを聞いても
おじいさんはそれが何かこたえなかった。
みんなの興味はつのるばかりだった。

ある日、かかりつけの医者がおじいさんのところへかけつけた。
いつもと様子が違うとおばあさんが知らせたのだ。
「もうあまり長くないかもしれない」と医者が言った。
おばあさんは涙ぐんだ。

その日すぐに、身内に連絡が届き、みんなかけつけた。
ただごとじゃないと感じた近所の人たちも集まってきた。
ふとんのまわりを、おじいさんのこどもたち、孫たちがとりかこみ
となりの部屋や庭先で近所の人が様子をうかがった。

おじいさんは、ねむっているようだった。
みんなが見守る中、ふいに寝言のように言った。
「わしのたからもの……」
弱々しい震える声であったが、身内のものにも、近所の人たちにも聞こえた。
みんな耳をすませた。

「おじいちゃんのたからものって何?」
孫のユミが聞いた。
みんなおじいさんの次の言葉を待った。
おじいさんはかすかに笑ったように見えた。
「わしのたからものはな……おばあさん……おまえたち……」
小さいが、満足げな声だった。
「何やて?」となりの部屋で聞いていた近所の人が、
声をうらがえして言った。
聞こえなかった近所の人たちにも、間もなく伝わった。
「あほくさ!」
そんなふうに言って何人かの人がさっさと帰っていった。

でも、
ユミは感動していた。
そして、
きっとおじいちゃんみたいな人と結婚しようと思った。

おばあさんは、部屋から出て行った。

おじいさんはそれ以上何も言わず眠り続けた。




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